原さん、コメントありがとう存じます。
疑問点について私の考えを述べます。
1、「日本」の使用について。墓誌の当該部分は「国号日本」と「才称天縦」が対偶になっています。だから訓読すると、「国号は日本」ではなく、「国は日本と号す」となります。これは「日」と「天」を対照させたレトリックですので、日本人だという点をうまく修辞に入れていて、日本人だったら逆にこういう修辞に「日本」を入れないのでは、とも思われます。
2、この場合、「遠邦」が何を指すかが問題です。もし「遠邦」が中国を指すなら、これは日本の視点になりますが、□の中が「銜」だとすると、命令を受けたのは日本ですから、「遠邦」は日本を指すことになります。
3、井真成の留学中のことは、目撃した形で書かれています。したがって、作者は中国人でもありえると思われます。
4、故郷云々は確かにほかに用例がみえず、特殊な語句です。しかも、この部分の対偶は、「異土」と「故郷」、「埋まる」と「帰る」という、きわめて対照性の強い言葉で修辞されていて、井真成の理想と現実のギャップに対する同情が表現されていると思われます。これを日本人が書いたとすれば、それなりになるほどとうなづかれますが、では中国人ではかけないかといえば、そうでもありません。相似した表現は、漢代の「悲秋歌」に「黄鵠と為って故郷に帰るを願う」という句が想起されます。このような表現は、西域などに派遣された人が中国を思うという形で伝統的に作詞されてきました。したがって、故郷を思うという点は問題になりません。ただ、井真成の最後の句のような直截さは他には見えないのは事実です。これをどう評価するかですね。